AIエージェントの議論は長らく「どのモデルが賢いか」に集中してきました。しかし2026年9月、主要ベンダーが立て続けに打った手は、モデルの賢さではなく 「エージェントを“どこで”動かすか」 という、より地味で本質的な問いを企業に突きつけています。9月10日にOpenAIが Agents API を公開ベータで公開し(MarkTechPost)、9月15日にはCoderが Claude Code を自社インフラ上で実行できる Agent Relay への対応を発表しました(Coder Blog)。切り口は違えど、両者が示す設計思想は驚くほど似ています。
homula はエンタープライズ向けの AIエージェント・インテグレーターとして、日本企業の「PoCから本番・全社へ」を日々支援しています。本稿では、この2つの発表に共通する 「制御(コントロールプレーン)と実行(データプレーン)の分離」 という新しいアーキテクチャを解きほぐし、日本企業が「どこで動かすか」を決めるための実務的な判断軸を整理します。
何が起きたか——2026年9月、「実行レイヤー」で相次いだ2つの発表
OpenAI Agents API:Codexハーネスを「マネージドサービス」に
OpenAIが公開ベータで出した Agents API の一言のうたい文句は、「Codexハーネスを使ってクラウドエージェントを構築・実行し、その運用をOpenAIが丸ごと引き受ける」 というものです。ここで言うCodexハーネスとは、Codex や ChatGPT for Work の裏側で動いているものと同じ実行基盤で、セッション管理・オーケストレーション・コンテキストの圧縮(compaction)・ツール検索・サブエージェント・リカバリ といった、長時間タスクを回すために必要な機能一式を指します(MarkTechPost)。MCP やカスタムツールにも対応し、長時間セッションと複数エージェントの協調を、1回のAPI呼び出しの背後で扱えるようにした点が要点です。
注目すべきは コンピュート(実行環境)を選べる ことです。エージェントの処理を、①OpenAIマネージドのサンドボックス、②自社インフラ、③パートナー製サンドボックス のいずれでも走らせられます。パートナーには Blaxel・Cloudflare・Daytona・DigitalOcean・E2B・Modal・Oracle・Runloop・Vercel が名を連ねます。料金体系も示唆的で、API自体には料金がかからず、モデル利用は各モデルのAPIレート、OpenAIツールは標準レート、OpenAIホスト型サンドボックスはコンテナ課金——と、「頭脳」と「実行環境」が別々に課金される構造になっています。
Coder × Claude Code:頭脳はクラウド、手足は自社インフラ
もう一方のCoderが打ち出したのは、「クラウドホストのエージェント、セルフホストの実行(Cloud-Hosted Agents, Self-Hosted Execution)」 という、より露骨に分離を掲げたモデルです(Coder Blog)。Agent Relay に Claude Code を載せることで、金融サービスや防衛関連など コンプライアンス要件で最先端のコーディングエージェントを使えずにいた規制産業 に、正面からの導入経路を開いたと説明しています。
仕組みはこうです。各Coderワークスペースが Claude Code のランナーを起動し、Anthropic のバックエンドへ アウトバウンド接続 を張ります。Anthropic はエージェントループの実行と課金を担い、一方で ツール呼び出しは自社ワークスペース内で実行 されます。つまりエージェントの ファイルシステム・認証情報・社内サービスへのアクセスは、すべて顧客が管理する環境の中に留まる という設計です(Coder Blog)。
共通する構図——「制御プレーン」と「データプレーン」の分離
ネットワーク機器の世界には、経路を決める「制御プレーン」と実際にパケットを運ぶ「データプレーン」を分ける考え方が古くからあります。2026年秋のエージェント実行レイヤーで起きているのは、まさにこの分離の再来です。
| 層 | 担い手 | 具体的に何を持つか |
|---|---|---|
| 制御プレーン(頭脳) | ベンダー(OpenAI / Anthropic) | エージェントループ、オーケストレーション、コンテキスト管理、モデル推論、課金 |
| データプレーン(手足) | 顧客(自社インフラ) | ツール実行、ファイルシステム、認証情報、社内システムへのアクセス、ネットワーク送出 |
この分離が効くのは、企業がいちばん手放したくないのは「モデルの賢さ」ではなく「データと実行の主導権」だから です。エージェントが何を考えるか(推論)は借りてよいが、エージェントが何に触れ、どこへ通信し、何を実行するか(副作用)は自社の管理下に置きたい——という、規制産業ほど切実なニーズに、実行レイヤーの分離は直接応えます。市場全体でも、ベンダーがオーケストレーション層(スケジューリング・ポリシー・課金)を担い、顧客がデータプレーン(ツール実行・ストレージ・推論)を自社VPCやプライベートクラウドで運用する ハイブリッド型が有力な解 として浮上している、という整理も出ています(Northflank)。
「実行レイヤーの分離」は、以前に本ブログで扱ったソブリンAI(データ主権)と似て非なるものです。ソブリンAIが主に「モデル推論とデータをどこに置くか」の話であるのに対し、実行レイヤーの分離は「ツール呼び出し・副作用をどこで起こすか」の話です。両者は補完関係にあります。
「どこで動かすか」を決める4つの判断軸
自社のユースケースをどの実行モデルに乗せるかは、次の4点で切り分けると整理しやすくなります。
- データの機密度と主権:エージェントが本番データ・認証情報・社内APIに触れるなら、実行を自社環境(自社インフラ/セルフホスト)に寄せる価値が高い。逆に公開情報の要約中心ならマネージドで十分。
- 監査可能性(Auditability):Coderの例では、各実行がワークスペースの払い出しとライフサイクルの 監査記録 を生成し、それが どのセッション・どのユーザーの処理だったか に紐付きます。誰が・何を・どこで実行したかを後から証明できるかは、統制の生命線です。
- ネットワーク送出(Egress)の制御:許可するデータソースと外部通信先を 環境レベルで一度定義 し、プロセス単位でエージェントの全リクエストをブロック・記録できるか。プロンプトインジェクションで乗っ取られても「鍵を渡さない」設計に直結します(関連:無人エージェントの秘密管理)。
- 運用負荷とコスト:マネージドは立ち上がりが速い反面、実行環境がベンダー側にある。自社インフラは主導権を握れる代わりに、サンドボックスの払い出しや隔離を自前で運用する負荷が乗る。料金も「頭脳」と「実行環境」で別建てになりがちで、総保有コストの見積もりが変わります。
「マネージドだから安全」でも「自社ホストだから安全」でもありません。自社ホストでも、ワークスペースが使い捨て(ephemeral)でセッション単位にスコープされ、送出制御と監査が効いて初めて統制が成立します。実行“場所”を自社に寄せることと、実行“権限”を絞ることは別の仕事です。
homulaの観点——実行レイヤーの分離を、どう本番化するか
実行レイヤーが分離できるようになったこと自体は朗報ですが、それはゴールではなく 出発点 です。「頭脳はクラウド、手足は自社内」という構図を本番の業務に落とし込むには、手足の側——つまり自社データプレーン——に 接続・承認・監査の三点セット を整える必要があります。
homula がこの領域で提供するのは、まさにその「手足の統制」です。Agens は MCP を活用したエンタープライズ向け統合プラットフォームとして、200以上のツールと構築ゼロで接続 し、エージェントが触れる社内システムの入口を一元化します(MCP活用支援)。その上で Agens Control が、承認フロー・DLP・5年分の監査ログ・RBAC を提供し、「どのエージェントが・誰の権限で・どのツールを・どこまで実行できるか」を制御プレーンとは独立に握れるようにします。ベンダーがエージェントループを回していても、副作用の統制は自社に残す——という今回の潮流と、設計思想はぴたりと一致します(関連:ツール単位のエージェント統制)。
導入の順序としては、いきなり全社の実行基盤を組み替えるのではなく、リスクの高い1業務を選び、実行レイヤーの分離・送出制御・監査の三点が回ることを PoC(最短5日) で確かめるのが現実的です。homula の AIエージェント・ブートキャンプ は、業務棚卸し・プロトタイプ構築・ROI試算を3〜5日で完結させ、この「小さく始めて統制ごと本番化する」立ち上げを支援します。
まとめ
2026年9月、OpenAI Agents API と Coder × Claude Code が示したのは、エージェント競争の主戦場が「モデルの賢さ」から「実行レイヤーの設計」へ移り始めた という事実です。要点は3つです。
- 制御プレーン(頭脳)と データプレーン(手足)が分離できるようになった。ベンダーがループと課金を担い、実行と副作用を自社に残す構図が現実的な選択肢になった。
- 企業の判断軸は データ主権・監査可能性・送出制御・運用コスト の4点。「どこで動かすか」は、もはやインフラ担当だけの話ではなく、統制の設計そのものです。
- 分離は出発点にすぎない。手足の側に接続・承認・監査を備えて初めて、実行レイヤーの分離は統制として機能します。
「どのモデルを使うか」で止まっている議論を、「どこで・誰の権限で・どこまで動かすか」へ一段引き上げること。それが、エージェントを本番と全社へ運ぶための次の一歩です。
自社のエージェントを「どこで、どこまで動かすか」を統制ごと設計したい——そんな段階に来た企業のために、homula は実行レイヤーの分離と、その上の接続・承認・監査までを一気通貫で支援します。