AIエージェントの議論は長らく「どのプラットフォームで、どう作って導入するか」に集中してきました。しかし2026年後半、現場で起きている変化はもっと静かで、もっと厄介です。エージェントは、自社が選んで導入するより先に、すでに使っているSaaSやERPの『中』に増えていく——この局面に入りました。
Gartnerは「2026年末までに、企業アプリケーションの40%が業務特化型のAIエージェントを搭載する。2025年時点では5%未満だった」と予測しています(Gartner, 2025年8月26日)。同社はこの移行を「パブリッククラウド以来、最速級のエンタープライズ技術転換の一つ」と表現します。homula はエンタープライズ向けの AIエージェント・インテグレーターとして日本企業の導入現場に立っていますが、そこから見える論点は明確です。これからの統制課題は「自社で作ったエージェント」ではなく、「ベンダーが勝手に増やしていくエージェント」をどう横断的に把握し、制御するかに移ります。
「エージェントを導入する」から「エージェントが増える」へ
Gartnerの言う「業務特化エージェント」とは、単なるチャットアシスタントではありません。文脈を認識し、複数ステップの手順を計画し、手元のツールとデータを使って実行し、結果に応じて調整する——人間の逐次指示を待たずに、業務単位のタスクを完結させる自律的なソフトウェア部品を指します。2025年までに「アシスタント(人間の入力に依存する補助)」がほぼ全アプリに載り、2026年に「業務特化エージェント」へ、そして2029年以降に「マルチエージェントの生態系」へ——というのがGartnerの描く進化の道筋です。
ここで押さえるべきは、この増殖が自社の意思決定を経由しないという点です。SAP、Salesforce、ServiceNow、Microsoft——業務の基盤となるSaaSが、次のリリースでエージェントを標準搭載してくる。IT部門が「エージェントを入れよう」と稟議を上げるより先に、営業も経理も情報システムも、それぞれの画面の中に「自律的に動く部品」を手にします。
これは過去記事で扱った「野良AI(シャドーAI)」とは別の問題です。シャドーAIは「従業員が非正規のAIを勝手に使う」話でした。今回は逆で、正規に契約したベンダーが、正規のアップデートでエージェントを増やす。止める理由も止める手段もないまま、統制対象だけが増えていくのです。
なぜ「40%が2027年までに頓挫する」のか
増殖の裏で、Gartnerはもう一つ厳しい予測を出しています。「エージェント型AIプロジェクトの40%超が、2027年末までに中止される」(Gartner, 2025年6月25日)。理由として挙げられたのは3つ——コストの膨張・不明確なビジネス価値・不十分なリスク統制です。
注目すべきは、「モデルの能力不足」が理由に含まれていないことです。プロジェクトが倒れるのは、モデルが賢くないからではなく、運用の規律とガバナンスが追いつかないから。Gartnerはこの背景に「エージェント・ウォッシング(チャットボットをエージェントと言い換える誇張)」があると指摘しています。
内蔵エージェントの増殖と、この失敗要因を重ねると、企業が直面する構図が見えてきます。
| 増殖がもたらすもの | 統制が無いと起きること |
|---|---|
| ベンダーごとにエージェントが増える | どこで何が動いているか誰も把握できない(可視性の欠如) |
| 各エージェントがデータ・処理にアクセスする | 権限の付与が野放しになり、監査に耐えない(リスク統制の不足) |
| 便利だが局所最適な自動化が乱立する | 全社のROIが説明できず、投資が止まる(価値の不明確さ) |
つまり、「モデルを選ぶ」局面はほぼ終わり、勝負は「増え続けるエージェントを、価値とリスクの両面で統制できるか」に移ったわけです。
ベンダーが自ら「統制ハブ」を出し始めた——SAP AI Agent Hub
この課題を、ベンダー自身が認め始めたことを示す象徴的な動きが、SAPの AI Agent Hub です。2026年のSAP Sapphireで発表され、2026年第3四半期にGA(一般提供)予定とされています(SAP LeanIX 公式ブログ、The New Stack)。
注目すべきは、その設計思想です。AI Agent Hub は SAP LeanIX 上に構築され、環境内のすべてのエージェントを発見・検証・観測・最適化する中央コントロールプレーンとして位置づけられています。しかもその対象は、SAP純正のエージェントや自社が Joule Studio で作ったエージェントにとどまりません。
報道によれば、AI Agent Hub は「誰が、どこで作ったかに関わらず、企業内のあらゆるエージェント・LLM・MCPサーバーをカバーする」とされています(The New Stack)。
The New Stack がこの動きを「vendor agent sprawl(ベンダー・エージェントの氾濫)を鎮める」と表現したことは示唆的です。エージェントを最も積極的に増やしていく当のベンダーが、「増えすぎて統制不能になる」未来を織り込み、先回りしてガバナンス層を製品化した——それがこの発表の本質です。具体的には、どのエージェントがどのデータ・処理にアクセスできるかのポリシー設定、承認済みエージェントのみが稼働することの検証、定義したKPIに対する挙動の監視、といった統制機能が想定されています。
「ベンダーごとの島」を越える——横断的な制御点
ただし、ここに落とし穴があります。SAP AI Agent Hub は優れた発想ですが、それはあくまで「SAP圏のエージェントを統制するハブ」です。SalesforceにはSalesforceの、MicrosoftにはMicrosoftの、それぞれのエージェント管理層が立ち上がっていく。放っておけば、企業はベンダーの数だけ統制ハブを持ち、それぞれが自分の島しか見ない状態に陥ります。
これは、かつてSaaSが乱立してIDとアクセス管理が断片化し、最終的に横断的なIDaaS(統合ID基盤)が必要になったのと同じ構図です。エージェントでも同じことが起きます。日本企業に本当に必要なのは、特定ベンダーのハブではなく、ベンダーとアプリの境界を越えて「誰が・どのエージェントに・どの権限で・何をさせているか」を一元的に見て制御できる中立的な制御点です。
その制御点が最低限備えるべき要素は、次の4つに整理できます。
- インベントリ(棚卸し): ベンダー内蔵・自作を問わず、稼働中のエージェントを一覧できること。まず「何が動いているか」を把握できなければ統制は始まりません。
- ポリシーと権限: 各エージェントが触れられるデータ・実行できる操作を、ツール単位・データ単位で絞れること(ツール単位の統制の考え方が、内蔵エージェントにも拡張されます)。
- 承認と人間の介在: 高リスクな操作には承認ゲートと人間の介在点を差し込めること。
- 監査: 「誰が起点で、どのエージェントが、何をしたか」を、ベンダーをまたいで一貫した証跡として残せること。
homulaの観点——中立な制御点を、ベンダーの外側に置く
homula がエンタープライズの現場で置いている「勝ち筋」は、まさにこの中立性です。エージェントの氾濫は不可避でも、統制の入口は自社側に一本化できる——ここを設計するのが実務の要諦です。
Agens は、MCPを活用したエンタープライズ向け統合プラットフォームとして、200以上のツールと構築ゼロで接続します。ベンダーごとにバラバラな接続を、プラットフォーム側で共通化して吸収できるため、「SAPの島」「Salesforceの島」を個別に相手にする消耗を避けられます。以前の記事で述べた「スーパーエージェント」=部門ごとに増えたエージェントを単一の入口へ束ねる発想は、ベンダー内蔵エージェントの時代にこそ効いてきます。
そして、増えた統制対象を引き受けるのが Agens Control です。承認フロー・DLP・5年分の監査ログ・RBAC を備え、内蔵エージェントであれ自作エージェントであれ、「誰が・何を・どの権限で」をベンダー横断で一貫して記録・制御します。SAPが自社圏のためにAI Agent Hubを用意したのと同じ機能を、特定ベンダーに縛られない形で企業側に置く——これが、Gartnerの言う「不十分なリスク統制」でプロジェクトを倒さないための現実解です。
導入は無理のない三段で描けます。(1) 価値の出そうな1業務で PoC(最短5日)→ (2) その業務に関わる接続を Agens で共通化し、承認・監査の境界を Agens Control で設計 → (3) ベンダー内蔵エージェントも含めて統制対象に取り込み、横展開する。AIエージェント・ブートキャンプでは、業務棚卸しとあわせて「どのベンダーの、どのエージェントを、どの承認・監査境界で本番に載せるか」を3〜5日で設計します。エージェントを増やすベンダーの論理に流されず、価値とリスクの物差しを自社側で持つことが、頓挫する40%に入らないための第一歩です。
まとめ
2026年後半の本質的な変化は、「高性能なエージェントが登場した」ことではなく、エージェントが企業の意思決定を経由せず、使っているアプリの中で自動的に増えていくことです。Gartnerの「40%搭載」と「40%頓挫」という2つの予測は、同じコインの裏表——増殖のスピードに統制が追いつかない企業から順に、コスト・価値・リスクの3方向で行き詰まります。
SAP AI Agent Hub のようなベンダー製ハブの登場は、問題が本物である何よりの証拠です。しかしベンダーごとのハブは、ベンダーごとの島しか見ません。日本企業が今から言語化しておくべきは、「どのエージェント基盤を選ぶか」ではなく、「増え続けるエージェントを、ベンダーを越えて一元的に統制する制御点を、どこに・どう置くか」です。その設計図を早く持った企業ほど、内蔵エージェントの波を、リスクではなく成果に変えられます。
エージェントは、選ぶ前に増えていきます。だからこそ、統制の入口を自社側に一本化し、ベンダーを越えて「誰が・何を・どの権限で」を見られる状態を、早めに設計しておきましょう。