2025年のAIエージェントは「デモ」でした。2026年の問いは、もっと即物的です——そのエージェントは、本番でいったい"どこで"動くのか。24時間走り続けるタスク、複数システムをまたぐ実行、外部サイトの操作、機微データへのアクセス。これらを人間用に設計された既存のクラウド(VM・コンテナ・ステートレスAPI)の上で回そうとすると、無理が出ます。
その無理を吸収するために、2026年前半、主要クラウドが揃って新しい製品を出してきました。「マネージド・エージェント・ランタイム」、あるいは「エージェント・ネイティブ・クラウド」と呼ばれる、エージェントを本番で安全に走らせるための専用実行基盤です。homula はエンタープライズ向けの AIエージェント・インテグレーターとして日本企業のPoC〜本番運用を支援していますが、この「実行基盤の商用化」は、導入設計そのものを変える動きだと見ています。
「なぜモデルの賢さより実行基盤が競争軸になったのか」という背景は、以前の記事AIエージェント実行基盤の大転換で扱いました。本稿はその続きとして、2026年に"実際に出荷された"製品群と、企業が今から迫られる選定・統制の判断に焦点を当てます。
なぜ「普通のクラウド」ではエージェントが動かしにくいのか
エージェントのワークロードは、従来のWebアプリと性質が異なります。要点は4つです。
- 長時間・非同期: 数秒で返すAPIではなく、数分〜数時間かけて計画・実行・再試行を繰り返す。
- 状態(メモリ)を持つ: 会話・タスクの途中経過や、セッションをまたいだ長期記憶を保持する必要がある。
- 危険な実行を含む: コード実行やブラウザ操作など、隔離しないと事故につながる操作を日常的に行う。
- 自分の身元で動く: 人間の代理として外部サービスへ認証する「エージェント自身のID・資格情報」が要る。
これらを毎回自前で作り込むのは重く、しかも「隔離が甘い」「監査が残らない」といった統制上の穴が空きやすい。ここを共通基盤として引き受けるのが、マネージド・エージェント・ランタイムの発想です。
2026年、各社が出した実物
注目すべきは、特定の1社ではなく主要クラウドが横並びで同じカテゴリに参入したことです。しかも多くが検証段階を抜け、正式提供(GA)や課金体系の整備まで進んでいます。
| 提供元 | 製品 | 主な構成・特徴 | 状態 |
|---|---|---|---|
| AWS | Bedrock AgentCore | Runtime(セッション完全分離・最長8時間の長時間実行)/Memory/Gateway/Identity/Code Interpreter/Browser/Observability/Policy など複数コンポーネント | 2025年10月にGA。2026年3月に Policy がGA、6月に対応リージョン拡大 |
| Google Cloud | Agent Engine(Gemini Enterprise Agent Platform) | Sessions(短期状態)/Memory Bank(長期記憶)の従量課金マネージドサービス。ランタイムは vCPU時間・メモリGB時間で課金 | Sessions/Memory Bank がGA。旧 Vertex AI から改称・統合 |
| Alibaba Cloud | Agent Native Cloud | AgentRun(ライフサイクル)/AgentLoop(トレース・評価・最適化)/AgentTeams(マルチエージェント連携)/Agentic Computer(隔離実行)。ネイティブ・サンドボックス/ワークロード分離/企業ID統合 | 2026年7月、WAIC 2026(上海)で発表 |
出典: AWS(Bedrock AgentCore GA)、AWS(リージョン拡大 2026年6月)、Google Cloud(Agent Engine リリースノート)、Alibaba Cloud(WAIC 2026)。
Alibaba は WAIC 2026 で、社内において15体のエージェントが開発者サポート要求の85%を処理し、運用サポート時間を90%削減、リリースサイクルを1日に短縮したと自社の適用結果を公表しています(同社発表・第三者による独立検証ではない点に留意)。この「クラウド事業者が自社のドッグフーディング成果を数字で示す」姿勢自体が、カテゴリが実証段階に入ったことを物語ります。
さらに直近では、Huawei Cloud が petabyte 級の「Agentic Memory Storage」と隔離ランタイム「AgentSphere」を含む "Agentic Infrastructure" を打ち出し(Solutions Review 週次まとめ)、MIT Technology Review も7月27日に「agentic AI のためのエンタープライズ環境をどう作るか」を特集しました。話題は「賢いモデル」から「エージェントが安全に走る環境」へ、明確に移っています。
収斂しつつある「共通の構成要素」
面白いのは、各社がバラバラに作りながら、要素の輪郭が驚くほど揃ってきたことです。名称は違えど、おおむね次の7つに整理できます。これは事実上、エージェント本番運用のリファレンス・アーキテクチャになりつつあります。
- 隔離実行(Runtime / Sandbox): セッション単位で分離した実行環境。長時間ジョブとコード/ブラウザ操作を安全に回す。
- メモリ(Memory): 短期の会話状態と、セッションをまたぐ長期記憶を、インフラ管理なしで保持。
- アイデンティティ(Identity): エージェント自身のOAuth資格情報・トークン管理。人間のなりすましではなく「エージェントとして」認証する。
- ツール接続(Gateway): 外部システム/APIへの接続層。多くが Model Context Protocol(MCP)を土台にする。
- オーケストレーション: 複数エージェントの分業・協調(AgentTeams など)。
- 可観測性・評価(Observability / Evals): トレース、品質評価、継続的な改善ループ。
- ポリシー・統制(Policy): 何を・いつ・誰の承認で実行してよいかのルールと監査。
この7要素は「どのベンダーを選ぶか」の評価軸としてそのまま使えます。自社のPoCで痛みが出ている箇所(多くは Memory・Identity・Policy)を起点に、既存基盤との差分を埋める形で選ぶのが実務的です。
構成要素のうち Gateway はまさにMCPが担う領域であり、統制の要になる Policy/Identity は、以前に整理したMCPゲートウェイを"ネットワークの制御点"として設計する議論と地続きです。ランタイムの商用化は、その制御点をベンダーが標準機能として同梱し始めた、と読めます。
便利さの裏にある、企業が見落としがちな論点
「自前で作らなくてよくなった」のは朗報ですが、統制の観点では新しい宿題が生まれます。
第一にロックインと可搬性。ランタイムを1社に寄せると、メモリ・ID・ポリシーまでそのベンダーの中に沈み込み、移行コストが跳ね上がります。第二に統制の一極集中。実行・記憶・認証・監査が同じ基盤に集まる分、「そこに強力なガバナンスが効いているか」が決定的になります。第三にデータ主権。エージェントの長期記憶や監査ログがどのリージョン・どの管理下に置かれるかは、日本企業にとって契約前に確認すべき事項です。
さらに、ランタイムが従量課金のユーティリティになったことで、コスト管理の性質も変わります。Google Cloud はランタイムを vCPU時間・メモリGB時間で、セッションやメモリの保存を別枠で課金する体系を公開しています(Google Cloud ドキュメント)。24時間走るエージェントは、放置すれば静かに費用を積み上げます。「動かせる」だけでなく「上限と可視性をどう設計するか」が運用の初日から問われます。
homulaの観点——ランタイムは"選ぶ"、統制は"横断で持つ"
homula が日本企業の本番導入で勧める順序は明確です。
- ランタイムはベンダーに寄せてよい。ただし可搬性を残す。 隔離実行やメモリのような"重くて差がつきにくい"部分は、マネージド基盤に任せてスピードを取る。一方でツール接続は MCP を土台にし、どのランタイムでも同じツール資産を使い回せる形にしておく。これがロックイン耐性の核になります。
- 統制(Policy・Identity・監査)は、ランタイム任せにせず横断で設計する。 ベンダー同梱のポリシー機能は出発点として有用ですが、複数ランタイム・複数ベンダーをまたぐ承認フローや監査を一元化するには、独立した統制レイヤーが要ります。homula の Agens Control(承認フロー・DLP・RBAC・5年分の監査ログ)は、まさにこの「基盤に依存しない統制」を担う設計です。
- 接続はゼロ構築で広げる。 homula の Agens は MCP を活用し、200以上のツールと構築ゼロで接続します。ランタイムを乗り換えても、この接続資産と統制ポリシーが残るなら、移行の痛みは大幅に下がります。
どのランタイムが自社に合うか、既存のPoCのどこを載せ替えるべきか——ここは机上の比較よりも、実際の業務を1本通して確かめるのが早い。homula の AIエージェント・ブートキャンプでは、業務棚卸し・プロトタイプ構築・ROI試算を3〜5日で完結し、「どの基盤に・どの統制で載せるか」を具体で判断できます。
まとめ
2026年、AIエージェントの競争軸は「どのモデルが賢いか」から「エージェントがどこで安全に動くか」へ移りました。AWS・Google・Alibaba をはじめ主要クラウドが揃ってマネージド・エージェント・ランタイムを出荷し、隔離実行・メモリ・ID・ツール接続・オーケストレーション・可観測性・ポリシーという7つの構成要素が事実上の標準形に収斂しつつあります。
企業にとっての要諦は二つ。重い実行基盤はマネージドに任せて速度を取ること、そして可搬性と統制だけは自社の手綱に残すこと。ランタイムは選ぶもの、統制は横断で持つもの——この線引きが、本番運用の明暗を分けます。
「どの実行基盤に、どの統制で載せるか」を、自社の業務で具体的に確かめてみませんか。homula が選定から本番設計まで一気通貫で伴走します。